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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)6401号 判決

主文

被告は原告に対し金十七万七千円及びこれに対する昭和三十年九月四日以降右完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告に於て金三万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

原告の主張事実中、第一項の貸金の点については、全部被告の認めるところであるから、被告は原告に対し、原告主張の債務を負担していることは明かである。

原告主張の第二項の事実につき審按するに

原告のその主張事実中、被告が理容業を営んでいること、原告主張の頃原被告間に肉体関係のあつたこと並びに被告に妻があつたことについては当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一号証及び証人白石文子、同桑原美代、同伊藤きみ同佐谷喜一の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は、大正六年十二月七日千葉県佐原市篠原五一三番地金田三郎の次女として出生し、訴外田村一郎と離婚後独身で居り、昭和二十六、七年頃上京してカメラ会社等に勤めていたが、昭和二十九年五月頃より、東京都台東区下谷稲荷町飲店松葉家事伊藤きみ方に女中として、働いているうち、その頃同店に客として来た被告と知り合となつたところ、被告は、妻と六人の子供があるに拘らず、これを秘して原告に対し、「二人の子供を残して妻は死んでしまつた子供達は、女親を恋しがつているから結婚してくれ」と申出で、そのことを信じた原告は被告に正式に届出て婚姻してほしいといつたところ、被告は「自分は養子だから、養親に対して、いくらか遠慮しなければならない。だから届は暫く待つて貰いたいが、将来は必ず正式の妻として迎える」といい、更に「養親が反対すれば入籍は出来ないが、養親と雖も、事実上の夫婦関係が生じていれば婚姻に同意せざるをえないだろう」などと申向けて原告を欺き、よつて原告をして被告と婚姻できるものと誤信せしめて昭和二十九年九月十六日松野屋旅館で肉体関係を結び、爾後一週間に二、三回、昭和三十年になつてからは、一ケ月に一、二回の割合で原告止宿先において肉体関係を重ねていたこと、原告は、昭和二十九年十月中旬頃千葉県から上京した原告の両親に被告を夫として引合せたこと、原告の友人桑原美代が原告方に遊びに行つた際居合せた被告が原告をお母ちやん(妻の意)と呼んでいたこと、原告は昭和三十年四月上旬被告方を訪れて、初めて被告に妻のあることを知り、爾後交渉を絶つたこと、が認められる。右認定に反する被告本人尋問の結果は、弁論の全趣旨に照して措信できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告は、被告の原告と真実結婚する旨の申出を信じ、将来正式に婚姻できることを確信して肉体関係を結ぶに至らしめられたもので被告は故意に原告の性の名誉を侵害し、且つ原告の愛情を弄び、その信頼を裏切つて原告に精神的苦痛を蒙らしめたものと断ぜざるを得ない。よつて被告は原告に対し、原告の蒙つた精神的損害に対しこれが賠償をする義務がある。

そこでその損害賠償額について按ずるに、原告本人尋問の結果によれば、原告は当年三十八才、田村一郎と一度結婚したことがあるが、その後離婚し、爾来独身で居り、現在飲食店に勤めて月平均六千円乃至七千円の収入を得ているものであることが認められ、被告本人尋問の結果によれば、被告は小石川に理髪店を持ち、自身及び妻、弟、従弟の四人が従事し、六台の椅子を備えて理容業を営み、月平均十五万円程の収入を得ていることを認めることができる。

そしてこれに前示認定の事実並びにその他諸般の事情を考慮し、被告の支払うべき慰藉料額は金十万円を以て相当であると認める。

よつて原告の本訴請求は、右貸金合計金七万七千円並びに右慰藉料金十万円以上合計金十七万七千円及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられたること本件記録に徴して明白である昭和三十年九月四日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、爾余は失当として棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条第九十二条仮執行の宣言については同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 田中宗雄)

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